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祭り・年中行事

祭り・年中行事

1月

歳旦祭
(さいたんさい)

1月1日~7日 七草までは
新年特別昇殿祈願祭
昇殿参拝され 天神様の一番近くで
今年の祈願をしてみたら きっとよい年に!

神前では国の繁栄と氏子の平安を祈願する祭事が行われます。大太鼓が打ち鳴らされ、本殿の扉が開き、神楽殿ではお囃子が奉納され、この時を待っていた方々が一斉に、本年がよい年でありますようにと参拝祈願し、境内には祈願の御神札・お守りを求め、夜が明けるまで賑わいをみせます。

初卯祭
(はつうさい)

卯の神札(うのおふだ)

境内に隣接する御嶽神社の初縁日。
御嶽神社は、御祭神に比叡山延暦寺第十三代座主法性坊尊意(ほっしょうぼうそんい)僧正を祀る
。 御祭神は、菅原道真公の教学上の師、御祈の師であり、「卯の日の卯の刻」に亡くなったことから「卯の神」と信仰された。
当日は、江戸時代より続く「卯の神札」と「卯槌」が授与される。
特に、「卯槌」は本来「卯杖ーうづえ」と称され、その由来書によれば、『延喜式』『源氏物語』にも見え、初卯の日に行なわれた宮中行事で、悪気を祓うとされた「杖」を天皇を始め皇后や皇太子に献上し、また女房たちの間で相互に贈りあった縁起物であった。この行事が民間にも広がり、新しい装飾を施しながら、時代を超えて当宮に伝わっていることは特記に値する。

うそ替え神事
(うそかえしんじ)

“うそ”は幸運を招く鳥とされ、毎年新しいうそ鳥に替えるとこれまでの悪い事が“うそ”になり一年の吉兆(きっちょう)を招き開運・出世・幸運を得ることができると信仰されてきました。江戸時代には、多くの人が集まりうそ鳥を交換する習わしがありましたが、現在は神社にお納めし新しいうそ鳥と取替えるようになり、1月24・25日両日は多くのうそ替えの参拝者で賑わいます。うそ鳥は、日本海沿岸に生息するスズメ科の鳥で、太宰府天満宮のお祭りの時、害虫を駆除したことで天神様とご縁があります。又、鷽(うそ)の字が學(がく)の字に似てることから、学問の神様である天神様とのつながりが深いと考えられています。亀戸天神社の“うそ鳥”は、檜で神職の手で一体一体心を込めて作られ、この日にしか手に入らない貴重な開運のお守りとしてとても人気があります。

初天神祭
(はつてんじんさい)

亀戸天神に祀られておられる菅原道真公(菅公)は、お生まれの日も、お亡くなりになった日も25日で、毎月25日は天神様の日として様々な神事・祭事が執り行なわれます。
新年最初のこの日は、境内神楽殿(かぐらでん)で竪川睦の奉納による都無形文化財指定の里神楽・葛西囃子(さとかぐら・かさいばやし)が演じられます。

観る機会の少ない伝統ある里神楽・
葛西囃子で、江戸の風を感じて下さい。

2月

節分追儺祭
(せつぶんついなさい)

福のいっぱい詰まった“福豆”を
ゲットすればきっと1年間
良い年になること間違いなしです!

昔は、この日が新年(新春)をお迎えする日で豆を打って悪い事を追い払い、福を招き入れる習わしがありました。
天神様ではこの日の日没頃に悪い事(邪気)を象徴する赤鬼・青鬼がやって来て、神官と問答し敗れ退散し悪い事が取り払われ、福がくる「鬼やらい」という古式豊かな行事が盛大に行われます。
太鼓橋から赤鬼と青鬼が本殿に向かってノッシ・ノッシと現れ、問答に敗れ豆をぶつけられコソコソと逃げて行くこっけいな姿が見られます。
鬼が退散する時、本殿前ではおはらいを受けた福豆の豆まきが一斉に行われ、福豆を多くの氏子が受け取り合う楽しい光景が見られます。

梅まつり
(うめまつり)

菅原道真公は、特に梅の花を好まれ、多くの和歌を詠まれています。
そのため境内に300本を越す梅が植えられ紅白の花が咲き始め、春の息吹を感じます。
更に境内には5歳で詠まれた “美しや 紅の色なる梅の花 あこが顔にも つけたくぞある” という歌碑と道真公の像が本殿前にあります。

開催日時:
2013年2月9日(土)~3月10日(日)

PV

菜種御供
(なたねごく)

2月25日は菅原道真公のお亡くなりになった日にあたり“なたね”が“なだめ”に通じることから、神前に菜の花をお供えし、御心をお慰めする神事が行われます。 本殿では神前で献花式が行われ、菜の花に紅白梅を添えた生花が供えられます。また春を迎えるにあたりこの年1年の穀物、食物等の豊穣(ほうじょう)を祈願します。

紅梅殿例祭
(こうばいでんれいさい)

3月

神忌祭
(しんきさい)

この日は、旧暦の2月25日道真公のご命日にあたり午後6時、祓い清められた神前から道真公の御神霊を奉持(ほうじ)した絹垣(きぬがき)が氏子や近隣の子供達のかざす松明(たいまつ)の火で守られながら境内を巡ります。
静寂の夜の闇にあかあかと燃え立つ松明が行列してゆく様は荘厳そのものです。神忌祭は“松明祭り”とも言われ道真公を大切にお守りしている事を松明の明かりをとおしてお伝えする意味もあり、8月の大祭に対する春の大祭ともいえます。

神忌祭で松明をかざし天神様を
お守りする大切な役は
どなたでも参加できます。
きっと天神様から幸運を
たくさん頂けると思います。

PV

4月

藤まつり (ふじまつり)
学業講祭 (がくぎょうこうさい)

こ4月の下旬から、境内に100株以上ある藤の花が一斉に咲き始めます。心字池に写る姿と淡い香りが多くの人々に愛され‘東京一の藤の名所’として賑わいを見せます。
一方、夜の境内は静寂の中に灯りにてらしだされた花房が、心字池のかすかな波に揺れて写る様は幽玄(ゆうげん)の世界そのものです。 
江戸時代、亀戸は湿地で初代宮司が水を好む藤を社前に植えられ江戸の名所として五代将軍綱吉公、八代吉宗公が訪れた記録もあり、多くの浮世絵などの題材にも取り入れられています。

東京一と言われる藤の
見事さだけでなく、
100以上の露店で賑わう下町の
情緒も肌で味わって下さい !

PV

5月

出世鯉放流
(しゅっせごいほうりゅう)

出世鯉の放流は5月5日午前10時ごろから本殿前の太鼓橋の近くで行われ、
どなたでも参加できます。
お子様の健康と元気な成長の願いが
きっとかないます。

中国の黄河(こうが)に竜門(りゅうもん)という急流があり、鯉がそこを泳いでのぼることが出来れば竜になるという言い伝えに因んで行われます。 子供の日と11月の七五三祝いのとき、子供達が健康で、世に出て活躍する願いを込め、心字池に鯉を放流します。

花園社例祭
(はなぞのしゃれいさい)

6月

夏越祓・茅の輪くぐり
(なごしのはらい・ちのわくぐり)

6月、12月の、年に2度の大祓い(おおばらい)のうち、6月の行事を特に‘夏越祓’と称します。
夏越祓は今年1月から半年の間、心ならずも身についた罪穢れ(つみけがれ)を祓う神事です。茅(かや)で作った‘茅の輪’をくぐる事から‘茅の輪くぐり’とも言い、先頭の神職が祓いの和歌を唱え、左、右、左と3度くぐります。
茅は古来、物事を清め祓うものと言われ、輪になる事でより逞(たくま)しく強い力を持つと信じられて来ました。

*祓いの和歌
水無月(みなづき)のなごしの祓いする人は
千年の命 延(のぶ)と云うなり

PV

7月

筆塚祭
(ふでづかさい)

境内には4基の筆塚がありますが大鳥居をくぐり右側の筆塚の前で午前10時から執り行います。
筆は、古くから「文房至宝」(ぶんぼうしほう)の一つとして大切にする習わしがあり、筆に関わる職業の人達(書道家や絵師)たちは使い古した筆を甕(かめ)に入れて、貯まった時に土中に埋め、その上に塚を建てて筆への感謝祭を行いました。
今まで使った筆、清書などをお持ちいただき祭壇にお供えし更なる書道上達と感謝をお祈りします。
古筆、清書などは、祭典終了後、筆塚の前で御焼納(おたきあげ)をいたします。平成2年に本殿前の庭に「文房至宝」(四宝)の碑が建立されました。
※文房至宝(ぶんぼうしほう) 中国より渡来した紙、筆、墨、硯の4つを意味し日本の高い文化を育てる文具として貴重品であり大切にされています。

菅公は、書道の神様として、
皆様に深く信仰されています。

8月

例大祭・献灯明
(れいたいさい・けんとうみょう)

例大祭

天神様の年間を通じて一番重要なお祭がやって来ます。
氏子の家々にはご祭礼提灯がゆらぎ、お囃子の音と担ぎ手の威勢のよい掛け声に、町内の皆が胸躍らせ見守る中、待ちに待った神輿(みこし)と曳太鼓が町内を練りながら巡行します。江戸下町の勇壮な絵巻が繰り広げられます。
例大祭では、氏子、町内にとどまらず国の安泰と繁栄を祈願し、宮司が祝詞を上げます。
又、4年に一度の大祭には菅公の御霊(おみたま)を乗せた御鳳輦(ごほうれん)が氏子町内を巡行し、全ての町神輿が連なって宮入する連合渡御(れんごうとぎょ)で最高潮を迎えます。
(年により日にちは変わります)

献灯明

昼の喧騒からうってかわって、夜の境内には、神前から分けられた1,000個以上の灯明が灯り、静寂の闇につつまれます。
心字池に映る様は、昼とは違う趣をみせます。
灯明の灯りは、道真公をお守りしていることを表しています。

御鳳輦渡御祭
(ごほうれんとぎょさい)

鳳輦の起源は神輿(みこし)より古く、中国の風俗文化の移入により伝わった天子や高僧などの乗り物とされて来ました。主に関西地方が多く、静かに担がれたり、車輪をつけ黒い牛が引きます。
4年に一度の大祭の時に御鳳輦を初め平安朝絵巻を再現した華やかな長い行列を仕つらえ渡御(とぎょ)いたします。
午前8時に発輦(はつれん)して、氏子町内を巡行し、午後5時頃に還御(かんぎょ)します。
当神社の鳳輦は、戦災を免れ日本でも大変めずらしく立派なもので都内でこのような鳳輦は当神社のみです。(四年に一度の大祭時に斎行

氏子神輿宮入り
(うじこみこしみやいり)

平安絵巻を思わせる御鳳輦渡御の“静”から一転して氏子町会25基の神輿が連なって宮入りする“動”の連合渡御は、正に江戸の華 ・・・・・・天神橋を渡り続々と姿を現すと、氏子だけでなく見守る見物の方々まで心躍る祭の醍醐味を味わえます。神輿渡御は“和をもって背負う”(ワッショイ)掛け声からも分かるように、みんなが助け合う下町の絆と、天神様の氏子であることに誇りを感じる素晴らしい一時です。 (四年に一度の大祭時に斎行)

9月

敬老延寿祭
(けいろうえんじゅさい)

平安絵巻を思わせる御鳳輦渡御の“静”から一転して氏子町会25基の神輿が連なって宮入りする“動”の連合渡御は、正に江戸の華 ・・・・・・天神橋を渡り続々と姿を現すと、氏子だけでなく見守る見物の方々まで心躍る祭の醍醐味を味わえます。神輿渡御は“和をもって背負う”(ワッショイ)掛け声からも分かるように、みんなが助け合う下町の絆と、天神様の氏子であることに誇りを感じる素晴らしい一時です。 (四年に一度の大祭時に斎行)

10月

菊まつり
(きくまつり)

菅公は、梅と共に菊の花を好まれ、数々の和歌を詠まれております。
16歳の時に詠まれた「残菊詩」から、天神社では菅公をしのび、宮中で行われていた和歌・連歌などを詠む“残菊の宴”を催しておりました。
近年は、本殿の正面を取り囲むように菊を展示して菅公をお慰めすると共に参拝の方々にも鑑賞していただいております。
※残菊とは旧暦の重陽の節句(9月9日)以降の菊を意味するとつたえられております。

菊まつりコンサート
(きくまつりこんさーと)

いつも優しさと感動を音楽にもとめて

亀戸天神社では、毎年‘菊まつり’の頃、 新日本フィルハーモニー交響楽団のメンバーをお招きしての演奏会を開催しております。
当日は多くのお子様がご家族と一緒に、おなじみのクラシックからポピュラー、アニメのテーマ曲にいたるまで、存分に音楽をお楽しみいただきます。
お子様が終始この素敵な生(なま)の演奏に目を見張りじっと聞き入っている様子を見るにつけ、あらためて、青少年の健全な育成に音楽が与える影響がいかに大きいかを実感いたしております。
音楽をとおして心の中にいだく優しさと感動がきっとお子様方にとって、かけがいのない‘おみやげ’になる事と信じています。
毎年10月開演を予定しております。詳細については社務所にお問い合わせ下さい。(03-3681-0010)

11月

七五三
(しちごさん)

三歳、五歳、七歳と成長の節目に天神様に参拝して無事成長した事を感謝し、将来の幸福と長寿をお祈りするのが七五三の行事です。

もともとは、宮中や公家の行事でしたが、一般的に広く行われるようになりました。11月15日は、最上の吉日に当たり三代将軍 家光公が、後の五代将軍 綱吉公(幼名 徳松丸)の病弱であることを心配し、無事成長する事を願い、袴着(はかまぎ)の儀式を執り行った事によります。
千歳飴は、子供の長寿を願い、細く長くなっており、縁起の良いとされる紅白それぞれの色で着色され、千歳飴袋には、鶴亀(つるかめ)松竹梅(しょうちくばい)などの図案が描かれています。

七五三:10~11月中

七五三祝祭・出世鯉放流
(ちごさんいわいまつり・
しゅっせごいほうりゅう)

七五三は、古くから伝わるお子様の成長を祝う大切な行事です
。 3歳は「髪置」(かみおき)といって髪を伸ばし始めることを、5歳は「袴着」(はかまぎ)といって男の子が始めて袴を着用することを、7歳は「帯解」(おびとき)といって女の子が幼児用の紐を解き、大人と同じ帯を用いることを表し、子供の成長を感謝します。
心字池に鯉を放流し、世に出て元気で活躍することを期待します。

12月

梅ヶ枝筆授与
(うめがえふでじゅよ)

菅公は、書の道においても上達の神として崇められております。
江戸時代、筆はなかなか手に入れる事ができないとても大切な物で、天神社では一年に一度書き初めに用いる筆が授与されておりました。
今では、お好きだった梅に因み“梅ヶ枝筆”をお作りしておわけしています。
境内の梅の木を用いた筆もあります。

納め天神祭・古神札焼納式
(おさめてんじんさい・
ふるふだしょうのうしき)

今年一年間とどこうりなく無事に祭事、神事が斎行できたことに感謝申し上げ、今年最後のご縁日にあたり、宮司が祝詞をあげます。

古神札、しめなわ、お守り等お持ちいただき浄火により御焼納(おたきあげ)し、ご加護に感謝いたします。

大祓
(おおはらい)

6月25日の夏越(なごし)の大祓(おおはらい)同様、新年を迎える神事です。

除夜祭
(じょやさい)

年越祭りとも呼ばれ、除夜とは大晦日(おおみそか)を意味しています。昔は年神様を迎える準備をしたうえで、夕刻から神社にこもって元旦を迎える年籠り(としごもり)が広く行われていました。

天野信景の研究

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